大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成5年(行ツ)113号 判決

東京都大田区東糀谷三丁目八番八号

上告人

株式会社トーショー

右代表者代表取締役

大村五郎

右訴訟代理人弁護士

水田耕一

弁理士 仁木弘明

中島昇

大阪府豊中市名神口三丁目三番一号

被上告人

株式会社湯山製作所

右代表者代表取締役

湯山正二

右訴訟代理人弁護士

中嶋邦明

松田成治

弁理士 鎌田文二

東尾正博

鳥居和久

右当事者間の東京高等裁判所平成三年(行ケ)第一〇号審決取消請求事件について、同裁判所が平成五年三月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人水田耕一、同仁木弘明の上告理由及び上告代理人中島昇の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右判断は、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大白勝 裁判官 大堀誠一 裁判官 味村治 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成五年(行ツ)第一一三号 上告人 株式会社トーショー)

上告代理人水田耕一、同仁木弘明の上告理由

第一点(法令違背)

原判決は、取消理由1、2についての(3)の判断前段においてした本件考案の目的及び効果と第一引用例の目的及び効果との対比に当たり、その第一引用例の技術の認定把握につき、結論に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背をおかしている。

原判決のした第一引用例についての認定(一九頁一九行~二〇頁九行)は、審判及び原審手続において、いささかも主張の対象となっていたものでなく、また、釈明権の行使等により原告である上告人に対して意見を述べる機会が与えられたものでもない。この原判決の認定は、恣意的で経験則に違背するのみならず、上告人(原告、審判被請求人)にとってまったくの不意打ちであり、当事者の主張しない事実に基づいて判決した違法がある。

一、原判決は、第一引用例の技術に関し、「甲第4号証によって認められる第1引用例の明細書及び図面によれば、シュートを共用することによって省略されるスペースは、錠剤自動包装機全体の奥行を小さくすることに直結することが明らかであるし、もし、この奥行を従来どおりとすれば、シュートを共用することによって省略される前記スペースを錠剤収納器(錠剤フイーダ)の収納スペースに当て、錠剤収容器(これは「錠剤収納器」の誤りと考えられる。)の形状を工夫すれば、その個数の増加を図ることができることも容易に認めることができるから、第1引用例においても本件考案と同一の目的、効果があることは、これを否定することができない。」(一九頁一九行~二〇頁九行)と判示する。

この判示事項の意味するところは、第一引用例においては、シュート(案内路)を共用することによって省略されるスペースは、錠剤自動包装機全体の奥行〔装置使用に際しての正面と直角をなす方向にある、装置の前後方向の距離。第一引用例の錠剤自動包装機については、平面図である第1図における上下方向、すなわち第1図においてシュート7(案内路)と直角をなす方向の装置の距離が装置の奥行である。なお、第一引用例の錠剤自動包装機については、本件考案の引出型の錠剤分包機(棚列を平行して並べたとき、その複数列の棚と複数列の案内路によって構成される方向の装置の幅が、装置の間口に該当する。)と異なり、棚8を四列平行して並べたとき、その四列の棚8と二列のシュート7(案内路)と一つの支持体5によって構成される方向の装置の幅が装置の奥行に該当することに、ご注意いただきたい。〕を小さくすることに直結することが明らかであり、〈1〉もし、この奥行を従来どおりとすれば、シュート(案内路)を共用することによって省略される前記スペースを錠剤収納器(錠剤フイーダ)の収納スペースに充当して個々の錠剤収納器の長さ〔第一引用例の第1図においてシュート7(案内路)と直角をなす方向の、個々の錠剤収納器の大きさ〕を錠剤自動包装機の奥行方向に大きくし、〈2〉錠剤収納器の形状を工夫して個々の錠剤収納器の幅(第一引用例の第1図における左右方向の、個々の錠剤収納器の大きさ)を錠剤自動包装機の間口方向〔第一引用例の第1図における左右方向、すなわちシュート7(案内路)に沿った方向〕で小さくなるようにすれば、結果として、錠剤収納器は錠剤自動包装機の間口方向でその幅が小さくなっても、錠剤自動包装機の奥行方向で長さが大きくなっているから、個々の錠剤収納器の面積、したがってまたその容積を変えずに〔原判決一七頁四行~同頁八行に「所要の錠剤フイーダの・・・容積を確保しながら」、「所要の錠剤フイーダの・・・容積が一定であることを前提とすれば」との説示があるから、ここにおいても、個々の錠剤収納器(錠剤フイーダ)の面積と容積を変えないで維持することを当然の前提にしていることが明らかである。なお、個々の錠剤収納器の上下方向の長さを大きくすると、一定の高さ制限の錠剤自動包装機のなかで錠剤収納器を配置する棚の段数が減少せざるをえないことになり、これは錠剤自動包装機全体中の錠剤収納器の個数を減少させることにつながる。〕、錠剤自動包装機の間口当たりの錠剤収納器の個数の増加を図ることができることを容易に認めることができるとの理由で、第一引用例においても本件考案と同一の目的、効果がある旨、認定しているものであることが、明らかである。

二、ところで、第一引用例の錠剤自動包装機の収納体6は本来相当大きな重量になるものであって、それが支持体5の支持部4に枢支されて回動する(観音開きする)構造になっているから、支持部への枢支という手段による支持強度との関係上、そしてまた、回動に要する空間のスペースをなるべく小さくするとの考慮上、収納体はなるべくその幅〔第一引用例の第1図における左右方向の収納体の長さ、すなわちシュート7(案内路)に沿った方向の収納体の長さ〕を短い構造とする必要があることは、構造上きわめて見やすいところである。

したがって、第一引用例の錠剤自動包装機においては、収納体の右に述べた幅を小さくしなければならないという制約があり、また装置の奥行方向で二個の収納体、すなわち四列の棚列、四個の錠剤収納器に限られ、増やせない制限の下、収納する錠剤(カプセル剤を含む。以下同じ。)の種類数すなわち錠剤収納器の個数を減らさないようにするためには、収納体6の複数段の棚8に配置する錠剤収納器9につき、奥行長さ(シュート7と直角をなす方向の収納体の長さ)に比して、その幅(シュート7に沿った方向の錠剤収納器の長さ)を小さいものとしなければならないのである。特許出願や実用新案登録出願に添付の図面は設計図という性格のものでなく、明細書に記載した技術内容の理解を目的とした説明図であるから、第一引用例の第1図についても、寸法比率等につき厳密な数値が与えられていると解すべきではないが、第1図によれば明らかに、錠剤収納器9として幅が小さく長さの大きいもの、すなわち平面図で見て細長い錠剤収納器が図示されているのも、こうした錠剤自動包装機の構造から読み取れる合理的理解と符合するものである。これを要するに、第一引用例の錠剤自動包装機においては既に、平面で見てある程度幅が小さく長さの大きい錠剤収納器が予定されていると解されるのである。

したがって、第一引用例の錠剤自動包装機における只でさえも幅が小さく、長さの大きい錠剤収納器に対して、さらに幅を小さく、長さを大きくすることは、一見すると可能のように見えるが、後述のとおり、幅が小さく、長さの大きい錠剤収納器は既に難点があるのであり、それにつき、さらに幅を小さく、長さを大きくするようなことをすれば、錠剤自動包装機の所期する基本的な機能がますます損なわれ、達成されなくなってしまうとの重大な欠陥を惹起するに至り、少なくとも本件考案の出願時点(昭和六〇年五月二八日)においては技術上可能ではないとされていたのが実状である。それを、以下においてご説明する。

三、まず、それに先立ち、錠剤分包機(錠剤自動包装機)の目的・機能、構造の概略を説明する。

錠剤分包機(錠剤自動包装機)というものは、多種類の錠剤をそれぞれ種類別に収納する錠剤収納器(錠剤フイーダ)を錠剤棚上に配置し、排出を希望する錠剤収納器に対して投入されたコンピュータ制御による排出命令に基づいて、錠剤収納器の錠剤取出口(錠剤排出口)より一錠(カプセル剤の場合は一カプセル。以下同じ。)づつ錠剤を排出せしめ、排出された全ての排出錠剤を案内路(シュート)及び漏斗状のホッパーを介して集め、集められた錠剤を包装装置で包装して、一回分の服用量の分包体を自動的に作成するものである。そして、錠剤収納器というものは、錠剤棚上に配置されているが、錠剤を補給しようとする場合(第一引用例の錠剤自動包装機においては、錠剤の補給作業を行う際には、前後左右の四つの収納体を回動して観音開きに開くことになる。本件考案及び第二引用例の錠剤分包機においては、引出体を手前に引出すことになる。)、便宜上錠剤棚の正面から手で簡単に取り外して行うことができるようになっている必要があるから、取り外し自在のカセットの形式を採るものであり、構造・機能からみると、各錠剤収納器に多数の錠剤を収納すると共に、排出命令により駆動するローターが一錠づつ錠剤を運搬し、錠剤取出口から一錠づつ錠剤を排出せしめるもので、カセット全体がいわばローターカセットをなす形式を採用しているのである。

そしてまた、このローターカセットの形式として、現在大別して次の二つの方式が実用化されている。

その一つは、上告人会社と被上告人会社が採用している方式であって、カセットの上半分に位置する錠剤収納部、その下方に設けられた水平面で回転するローター機構(モーターを含む。)、排出機構及び把手を具備するものであり、ローター機構は錠剤収納器の中枢をなす重要な機構であって、錠剤を一錠づつ整列させ運搬する機構であり、駆動信号を受ける毎にモーターが駆動し、その駆動をうけて、羽根のフランジ部に多数の切欠部を有するところの、ローターの羽根が水平面で回転して、羽根の各切欠部に錠剤を取り込み(錠剤の各切欠部への取り込みは、錠剤の攪拌、予備整列ついで整列の順序でおこなわれる。)、保持された一個の錠剤を順次排出口の上に運搬し、自然落下させるという形式になっているものである〔上告人出願にかかる実公昭六〇-三四六二〇号公報(参考資料一)、実開昭五三-一〇三二八二号公報(参考資料二)、及び、被上告人代表者出願にかかる実公平四-四七〇四一号公報(参考資料三)、実開昭六三-一五八八〇三号公報(参考資料四)ご参照〕。そして、このローターカセットの幅及び長さ(そして上下方向の長さ)の大きさは、当然のことながら、錠剤の収納部とローター機構の錠剤運搬用羽根の大きさによってほぼ規定されるものであるが、錠剤の収納部はそのなかに〇号カプセル(たとえば、小野薬品(株)の消化酵素剤カプセル「タフマック・カプセル」、長さ21・8mm、直径7・63mm。なお、カプセル規格上、〇号カプセルよりさらに大きい〇〇号カプセル、〇〇〇号カプセルもある。)のような大きなカプセル剤を多数充填して収納しておくことをも予定するものであるから、幅及び長さともに相当の大きさを不可欠的に必要とするものであり、また、ローター機構の錠剤運搬用羽根は羽根のフランジ部に多数の切欠部(通常八個ないし二〇個程度の切欠部)を有し、羽根のフランジ部の各切欠部にそれぞれ一個の錠剤を取り込み保持しつつ、回転して排出口の上に運搬するものであるから、これもまた必然的に相当の大きさの、しかも、羽根が水平面で回転するという構造上、左右及び前後に同じ大きさの空間を必要とするものである。なお、これは最も一般的な方式である。

もう一つの方式は、錠剤収納部、回転するローター機構、排出機構及び把手を具備するという点では、右にのべたローターカセットの形式と軌を同じくするが、錠剤運搬用回転板がカセットの垂直面と平行に、いわば遊園地の空中観覧車のように回転するものである〔第一引用例の出願人と同一人による出願にかかる特公昭六三-一一二五三号公報(参考資料五)、特公平二-五〇〇一六号公報(参考資料六)をご参照〕。そして、そのローターカセットの幅として、錠剤運搬用回転板の駆動部分のための空間のほかに、錠剤運搬用回転板の回転面の溝(切欠部)に取り込むための錠剤を予め収納しておくのに必要な空間(参考資料五、六の第2図における錠剤収納部16)と、錠剤収納部16から導かれた錠剤を攪拌し予備整列させ、錠剤運搬用回転板の回転面の内側にある溝に錠剤を取り込み保持運搬させるのに必要な空間(参考資料五、六の第2図における回転板1と開口部8の間の空間)が不可欠であるから(そうでなければ、錠剤がうまく整列せず溝にも取り込めない。)、これまたローターカセットの幅として、かなりの大きさが必要である。なお、この方式は上告人会社及び被上告人会社による前記方式に比して、さほど一般的ではなく、販売台数も少ない。

なお、以上の二方式のほかに、上部に漏斗状のホッパーをもつ錠剤整列管に充填した錠剤を下からソレノイド駆動により突き上げて錠剤を攪拌し、一錠づつ管内に取り込んで下方から摘出する方式も工夫されたが〔実公昭五二-三四七八六号公報(参考資料七)ご参照〕、漏斗状ホッパーのために幅方向にも大きな錠剤収納器となるほか、ソレノイド機構設置のために錠剤収納器の高さ方向が増大するとの難点(これは、錠剤分包機の高さには設置上あるいは使用上自ずと制限があるから、一定の装置の高さのなかで錠剤収納器を配置する棚の段数が少なくなる、すなわち装置に配置される錠剤収納器の個数が低下することを意味する。)や、ソレノイド駆動による突き上げにより錠剤とくにカプセル剤が傷つき、なかの粉末や液状の医薬品がこぼれるとの重大な欠点があり、現在では実用化されていない。

これに対して、前述のとおり、第一引用例に示された錠剤自動包装機は回動式という構造上既に、平面で見てかなり幅が小さく、長さの大きい錠剤収納器、すなわち細長い形状の錠剤収納器を予定しているのであるから、既にその錠剤収納器のなかに錠剤収納部と錠剤運搬用羽根あるいは錠剤運搬用回転板を設けることが困難になっているのであって、第一引用例に示された錠剤自動包装機の考案に係る出願は、昭和五六年三月一九日に出願され、昭和五七年九月二四日に出願公開されたが、出願審査の請求がなされることなく審査請求期間を経過したため出願は取り下げとなり、また、その出願人その他のどのメーカーからも製造・販売された事実のないことも、こうした錠剤収納器の構造に由来する難点、ないしはこうした錠剤収納器の構造と錠剤自動包装機が回動式であることとの間の矛盾点が大きな原因になっているものと考えられるのである〔なお、第一引用例にかかる出願が取り下げられたこと、その錠剤自動包装機には収容能力(錠剤フイーダの個数)、設置性、操作性等の点でも難点があることについては、原審における甲第一七号証「報告書」三六頁~四五頁ご参照〕。

以上のとおり、第一引用例の回動式錠剤自動包装機における錠剤収納器すなわちローターカセットにつき、その形状を変更し、平面で見て、さらに幅を小さく、長さを大きくする〔その際、幅×長さで表される錠剤収納器の面積は変えないことが当然の前提となる。なお、錠剤収納器の個数の増加を図るには、その錠剤収納器の形状についての変更は微小なものでは足りず、かなりの程度の規模での変更(錠剤収納器の幅を相当程度小さくしなければならない。)が必要となることは明らかである。〕、平たくいえば個々のローターカセットにつき上下方向の大きさはそのままとしても、一層細長い形状とすることは、少なくとも本件考案の出願時点までに普及された当業者の技術常識を前提としてみるかぎり不可能とされていたから、本件考案の出願時点までに普及された当業者の技術常識では第一引用例からそのことは読み取れないのであって(注1)、もしそれを無理に行えば、〈1〉収納部が細長くなりすぎる結果、錠剤を多数収納することが著しく困難となること、〈2〉水平面で回転する錠剤運搬用羽根の大きさを、あるいは、垂直面で回転する錠剤運搬用回転板の回転面の幅とその外側に必要な錠剤収納のための空間を、ローターカセットの小さい幅に合せて小さくせざるをえなくなる結果、錠剤をうまく整列させ取り込み保持運搬できなくなること、〈3〉必然的に錠剤取出口も小さくせざるをえないことになり錠剤が取出口から流出落下し難くなって詰まること、等の欠陥が発生し、その結果、希望する錠剤の分包ができない、処方箋どおりの調剤ができない、遂にはコンピュータの排出命令とは違った分包となって患者に交付される、等の錠剤自動包装機として致命的な欠陥が惹起されることになる(錠剤自動包装機は、人間の生命・健康に関わる医薬を一回分の服用量ずつ袋に自動的に、正確かつ迅速に包装することを目的とする装置であるから、不正確な分包ということは万に一つもあってはならないことであり、致命的なものであることはいうまでもない)。

この欠陥は原判決が説示するような錠剤収納器の形状の変更、換言すると、幅を小さく長さを大きくしたローターカセットすなわち錠剤収納器を前提とするかぎり、少なくとも本件考案の出願時点においては解決されていなかったことである。本来、細長い形状の錠剤収納器すなわち細長いローターカセットというものには既に、その幅の小ささの故に多数の錠剤やカプセル剤が収納し難くなる、錠剤を攪拌、整列させ取り込み保持運搬することが難しくなる、また取出口から流出落下し難くなって詰まる等の欠陥が避け難いものであるところ、一層細長くすることはその欠陥を増大させることに直結し、その欠陥は本件考案の出願後の現在の技術水準においてさえも未だ解決されていないから、第一引用例における収納体の錠剤収納器の形状につき、さらに幅を小さく、長さを大きくするようなことは〔錠剤収納器の個数の増加を図るには、右の錠剤収納器の形状についての変更は微小なものでは足りず、かなりの程度の規模での変更(錠剤収納器の幅を相当程度小さくしなければならない。)が必要となることは明らかである。〕、錠剤の攪拌、予備整列、整列そして排出を不可能にし、到底、適宜「工夫」できる性質のものではない。経験則違背の事実認定は、民事訴訟法第四〇三条の適法に確定された事実とはいえない。錠剤収納部、錠剤運搬用羽根・回転板を含めたローターの機構、排出口を含めた排出機構等につき、構造、形状、位置等を含めて多くの特別の工夫、あるいは、従来とはまったく別異の発想に基づく工夫でもしないかぎり、第一引用例における収納体の錠剤収納器の形状につき、単に幅を小さく、長さを大きくして、その個数の増加を図るようなことはできないのであって、それを強いておこなえば前述のとおり、錠剤自動包装機としての基本的機能の損傷という重大な欠陥を招来することになるのである。

このように、第一引用例において、錠剤収納器の幅及び長さを単に変更するだけでは、錠剤自動包装機に致命的な欠陥を発生させることになるから、仮に錠剤収納器につき、幅を小さく、長さを大きくすることにより錠剤収納器の個数の増加だけを図ったとしても、そのことになんら実質的な価値ないし意義を認めることのできないことは明らかである(注2)。換言すると、第一引用例の錠剤自動包装機において、錠剤収納器の幅及び長さの変更により錠剤収納器の個数の増加を図ることができるとしても、それに技術的価値なり意義があると評価することができるためには、それに伴う錠剤自動包装機としての前記致命的な欠陥を回避・是正するための特別の創意工夫が第一引用例において伴ってなされていなければならない、少なくとも本件考案の出願時点の技術水準において第一引用例から読み取れなければならない。しかるに、第一引用例には、その創意工夫を窺わせるものはなにもない。原判決も、この点につきまったく沈黙するのみである。

これに対して、本件考案は、こうした錠剤自動包装機として致命的な欠陥、解決困難な欠陥を最初から惹起させず、したがって、それに対する特別の創意工夫を必要とすることなしに、換言すると、錠剤収納器(錠剤フイーダ)の幅及び長さに格別の変更を加えることを前提とせずに、シュート(案内路)を共用することによって省略されるスペースを錠剤収納器の棚列の増設に充当し、その結果、錠剤収納器の個数の増加を図るものである。本件考案においては、錠剤収納器の個数の増加は錠剤収納器の幅及び長さの変更によるのではなくて、錠剤収納器の棚列の増設によって実現するものである。

畢竟、原判決が、第一引用例の錠剤自動包装機につき、錠剤収納器の幅及び長さにつき形状を工夫すれば、錠剤収納器の個数の増加を図ることができることも容易に認めることができるというのは、錠剤自動包装機(錠剤分包機)の実体とそれに不可欠の機能がなんであるかに目を覆った机上の空論にすぎない。原判決は、この点について、なんら合理的な理由を開示することなく恣意的に認定しており、著しい経験則違背、理由不備の違法がある。

(注1)

引用例にいかなる技術事項が開示されているか、あるいは、引用例に記載されている技術がどのようなものと理解されるかは、その特許性・登録性が争われている当該発明・考案の出願時点までに普及された当業者の技術常識を前提として判断すべきである、と判示するものとして、次の事例がある。

〈1〉東京高裁判決昭和五七年一月二七日昭和五四年(行ケ)第一四三号「熱可塑性非セル状ポリウレタンの連続的製造方法」拒絶審決取消請求事件(特許と企業一五九号一五頁)

〈2〉東京高裁判決昭和六一年一〇月一六日昭和五九年(行ケ)第三〇三号「低毒性塩化ビニル樹脂組成物」拒絶審決取消請求事件(特許と企業二一六号三五頁)

〈3〉東京高裁判決昭和四〇年二月一八日昭和三四年(行ナ)第一九号「鉄筋コンクリートの補強鋼材」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和三九-四〇年二四三頁)

(注2)

発明考案に一応の効果があっても重大な欠点に対する配慮がされていない場合には、それを理由にして顕著な効果とはいえないと判示するものとして、次の事例がある。

〈1〉最高裁(三小)判決昭和四四年一月二八日昭和三九年(行ツ)第九二号「エネルギー発生装置」拒絶審決取消請求上告事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四四年一〇七頁)

〈2〉東京高裁判決昭和三七年六月二六日昭和三六年(行ナ)第一二四号「家庭用液体燃料の供給器」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和三六-三七年二八三頁)

〈3〉東京高裁判決昭和四三年五月二八日昭和四二年(行ケ)第八九号「同点多岐式プラグ」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四三年三二一頁)

四、もっとも、技術というものは、年月の経過とともに発展するものであるから、本件考案の出願日以降において、あるいはさらに今後の将来において、第一引用例における前記の問題点につき、その解決がまったく不可能というものではないかもしれない。

百歩譲って仮に本件考案の出願日以降において、錠剤収納部、錠剤運搬用羽根・回転板を含めたローターの機構、錠剤取出口を含めた排出機構等につき、構造、形状、位置等を含めて多くの特別の工夫がなされ、あるいは、この点につき従来とはまったく別異の発想に基づく新しい工夫がなされ、その結果、第一引用例における収納体の錠剤収納器につき、幅を小さく、奥行を大きくして、その個数の増加を図るようなことが実現可能になっていたとしても、もとよりそれは到底容易なことといえないこと明らかであって、その工夫には別個の発明考案を構成するに匹敵するような創意が必要であるから、こうした別個の発明考案を構成するに匹敵するような工夫を加えた後の第一引用例は、審判請求人(原審被告、被上告人)が提出し、審決が無効理由として引用した第一引用例(もとの第一引用例)ともはや同じものでもなければ、本件考案の出願時点の技術水準においてそこから読み取れるものでもなく、もちろん、その目的、効果も、もとの第一引用例の目的、効果と同じとはいえないことは明らかである。

第一引用例において、錠剤収納器の幅及び長さの変更により錠剤収納器の個数の増加を図ることができるとのことに技術的価値なり意義を認めるためには、そこに前記錠剤自動包装機として致命的な欠陥を回避・是正するための特別の創意工夫が伴って開示されていなければならないのである。しかるに、第一引用例には、その創意工夫を窺わせるものはなにもない。

結局のところ、重要点である、錠剤収納器(錠剤フイーダ)の個数の増加に関し、本件考案と同一の目的、効果が第一引用例においても認められると評価して、その論理と結論を導いた原判決は、第一引用例として、もとの第一引用例(審判請求人が提出し、審決が引用した第一引用例)に前記特別の創意工夫を加えた後の考案を引用している、すなわち、もとの第一引用例と異なる引用例を第一引用例として引用しているというほかない。

もし、もとの第一引用例が原判決においても引用されているというのであれば、もとの第一引用例においては、錠剤収納器の幅及び長さの変更により錠剤収納器の個数の増加を図ることができたとしても、それに伴う錠剤自動包装機としての致命的な欠陥を解決する工夫がなされていないから、そのことに技術的価値なり意義を認めることができず、到底それを有用なものと評価できないから、本件考案と同一の目的、効果が第一引用例において達成され、存在しているといえないことになる。

これを次のように、換言することもできるであろう。すなわち、

第一引用例において、錠剤自動包装機としての基本的な機能に致命的な損傷を発生させないようにするには、錠剤収納器につき、さらに幅を小さく、長さを大きくすることをせずに済ませるほかないのであり、これは結局のところ、第一引用例の錠剤自動包装機によっては錠剤収納器の個数の増加は図れないことを意味し、原判決のした、錠剤収納器の形状の変更と錠剤収納器の個数の増加とを結びつける認定には経験則に違背する違法がある、と。

五、ところで、審決は、本件考案は、第一引用例、第二引用例に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない、と判断しているのであり、それが審決の採用した無効理由である。

しかるに、原判決は、特許庁審判手続で提出され、審決が引用した第一引用例とは異なる考案を恣意的に作りだし、それを第一引用例として、それに本件考案と同一の目的、効果があるとし、それを根拠にして、本件考案は、第一引用例、第二引用例に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない、と判断していることになる。原判決のした第一引用例についての前記認定は、到底、第一引用例の考案のもつ技術意義ないし内容を明らかにした合理的な理解ないし解釈(注3)といえるものではない。

そうであるから、原判決は、第一引用例につき実用新案法第三条第二項、第一項第三号に規定する「実用新案登録出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された考案」を誤って適用しており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

(注3)

〈1〉東京高裁判決昭和五七年一一月二九日昭和五六年(行ケ)第九三号「多回路スイッチ」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和五七年七四七頁)は、実用新案法第三条第一項第三号にいう、刊行物に記載された考案とは、刊行物の記載から一般の当業者が了知しうる技術的思想をいう、と判示する。

〈2〉東京高裁判決平成三年二月二七日昭和六〇年(行ケ)第二〇五号「数値制御通電加工装置」拒絶審決取消請求事件(特許と企業二六八号二二頁)は、引用発明の特許請求の範囲にも記載がなく、また発明の詳細な説明の記載を参酌しても、その記載があるとは解されない構成を加えて、引用発明を認定することは違法である、と判示する。

六、原判決のした第一引用例についての前記認定(錠剤収納器の形状の変更と錠剤収納器の個数の増加とを結びつける認定)は、審判及び原審手続において、いささかも主張の対象となっていたものでなく、また、求釈明等により原告である上告人に対して意見を述べる機会が与えられたものでもない。原判決の前記認定は、合理性を欠き、恣意的であるのみならず、当事者のまったく主張しない事実に基づいて判決した違法があり、上告人(原告、審判被請求人)にとって、まったくの不意打ちである。

この点において、原判決の前記認定は、審決取消訴訟の審理範囲についての最高裁判所(大法廷)判決昭和五一年三月一〇日(注4)に抵触する違背をおかしている。また、特許庁審判手続で提出され、審決が引用した第一引用例とは実質上異なる考案を引用し、それにつき原告である上告人に対して意見陳述等の防御の機会をまったく与えることなく(注5)、いわば無効判決をしたものであり、実用新案法の採る無効理由通知制度(実用新案法第四一条で準用する特許法第一三四条第一項)の趣旨にも違背するものである。

(注4)

〈1〉最高裁(大法廷)判決昭和五一年三月一〇日昭和四二年(行ツ)第二八号「メリヤス編機」無効審決取消請求上告事件(民集三〇巻二号七九頁)は、審決の取消訴訟において、特許無効の抗告審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができない、と判示する。

〈2〉東京高裁判決昭和六〇年七月一一日昭和五七年(行ケ)第三八号「円筒カム駆動方式に依るロールフィード装置」無効不成立審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和六〇年五七七頁)、〈3〉東京高裁判決昭和六〇年三月二五日昭和五三年(行ケ)第一一七号「蓄電池充電装置用の電圧調整器」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和六〇年三五三頁)は、審判手続で審理判断されなかった公知事実の存在を理由として、審決取消訴訟において無効理由・拒絶理由を主張することは許されない、と判示する。

(注5)

出願人・無効審判被請求人に対して、拒絶理由・無効理由の通知を実質上欠いて、あるいは通知された拒絶理由・無効理由と実質上異なる事由や引用例を特許性・登録性否定の根拠として、意見陳述等の防御の機会を与えることなくなされた拒絶審決・無効審決は、権利保障の観点からみて重大な瑕疵があり、違法であるとするものとして、次のような枚挙にいとまのない多数の判例がある。

〈1〉東京高裁判決昭和三二年一二月二四日昭和三〇年(行ナ)第一八号「雲母紙等の製造方法」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和二三-三三年九〇一頁、別冊ジュリスト八号七四頁)

〈2〉東京高裁判決昭和三九年五月二六日昭和三八年(行ナ)第一四四号「電解加工装置」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和三八-三九年六四五頁)

〈3〉東京高裁判決昭和四三年一二月一〇日昭和四〇年(行ケ)第一〇〇号「カルボン酸の製造法」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四三年五三頁)

〈4〉東京高裁判決昭和四四年四月四日昭和四〇年(行ナ)第一〇六号「基礎杭打込による地盤改良法」無効審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四四年一三頁)

〈5〉東京高裁判決昭和六〇年四月二五日昭和五七年(行ケ)第三六号「感圧破壊材料による両面被覆紙製造方法」拒絶審決取消請求事件(特許と企業一九八号三四頁)

〈6〉東京高裁判決昭和六一年九月二九日昭和五八年(行ケ)第九二号「屈曲状金属板」無効審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和六一年一〇三頁)は、審決の判断の資料が記載された「審判事件弁ぱく書(第二回)」は審判請求理由を補充する書面として被請求人たる原告にその副本が適法に送達され、これに対する意見の陳述、証拠の提出等防御の機会が与えられなければならないところ、これがなされなかった審決は特許法第一三四条第一項の規定に違反してなされた違法なものである、と判示する。

〈7〉東京高裁判決昭和五六年一二月二一日昭和五五年(行ケ)第一三三号「テープ記録再生装置」拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和五六年八五頁)は、審判での証拠調の手続上の瑕疵が審決取消事由となるのは、審判の適正、出願人等の権利保障の観点から重大な瑕疵がある場合に限られると解されるところ、審判での職権証拠調がそれまでの証拠調の補完的なもので、その結果が審判請求人(出願人)に予測できた場合には、職権証拠調の結果を審判請求人に通知しなかったという瑕疵(特許法第一五〇条第五項)は、重大な瑕疵に当たらず、審決取消事由とはならない、と判示する。これを反対解釈すると、証拠調手続上の瑕疵が審判と訴訟の適正、当事者等の権利保障の観点からみて重大な瑕疵であり、その結果が当事者に予測できないものであれば、取消の理由になる、と解される。

第二点(法令違背)

本件考案の目的及び効果と第一引用例の目的及び効果を同種のものと認定し、それを前提にして本件考案の進歩性を否定した原判決の判断は、実用新案法第三条第二項の規定する進歩性判断基準の解釈を誤ったものであり、結論に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、原判決は、取消理由1、2についての(1)の判断後段の末尾において、本件考案の目的及び効果に関し、「すなわち、本件考案は、案内路の共有という構成によって、錠剤フイーダの収容密度を高めるという点に根本的な技術思想があるものであるというべきである。」(一七頁一七行~同頁一九行)と判示して、本件考案の目的、効果ないし技術的意義を「錠剤フイーダの収容高密度化」にあると認定している。

また、原判決は、取消理由1、2についての(2)の判断後段において、第一引用例の目的及び効果に関し、「この記載によれば、第1引用例の考案においても、複数段の棚2列につき1列の案内路を共通にして、案内路部分の占有面積を小さくし、もって、錠剤収納器(錠剤フイーダ)の収納密度(原判決17頁18行、18頁18行には、「錠剤フイーダの収容密度」、「錠剤収納器の収容密度」とあるから、これも「収容密度」の誤りと考えられる。)を高めるという技術思想に立っていることが明らかであり、考案の目的、効果の点で本件考案と同種のものといわなければならない。」(一九頁六行~同頁一一行)と判示して、第一引用例の目的及び効果と本件考案の目的及び効果は同種のものと認定している。

二、しかしながら、本件考案は、引出型の錠剤分包機において案内路を棚二列につき一列の割合で省略し、共用可能な一列の案内路(シュート)を設けるという構成を採用することにより、〈1〉案内路の間口方向に占めるスペースを小さくし、この省略できたスペースを錠剤フイーダ(錠剤収納器)の棚列の増設(錠剤収納器の棚列の数を増加することであり、各棚列の錠剤収納器の数を増加することではない。各棚列は上下方向に複数段の棚を具えている。)に充当することにより、錠剤分包機の奥行を抑制することができ、〈2〉もって、錠剤分包機の間口及び奥行の寸法を設置場所のスペースに適合させることができ、〈3〉しかも、錠剤分包機における錠剤フイーダの個数を維持さらには増加させることができ、〈4〉さらに、装置の間口と奥行が限られた大きさに制限されるために、落下してきた錠剤を錠剤分包機の間口と奥行にほぼ見合う開口部で受け、最低でも傾斜角度四五度が必要な斜面上を引っ掛かることなしに自然滑走させる役割を果たすところの、ホッパー機能をもつ漏斗状のシュート(原審甲第二号証の第1図のシュート9。このシュート9は案内路という意味でのシュートではない。)に要する高さ幅が小さくてすむ結果、錠剤分包機の高さを大きくしなくても、錠剤フイーダを設置する棚の段数を増やすことができ(部屋の天井には自ずと制限があり、また装置をあまり高くすると人による錠剤の補充作業等がしづらいので、錠剤分包機の高さはせいぜい二メートル程度が実際的であり、この高さの制限内で棚の段数を増やすことが求められているのである。)、これはまた、錠剤フイーダの個数を増加させることができることにつながるのであり、〈5〉さらにまた、一本の引出体を引出したとき、装置の前面のみにおいて錠剤の補充作業が二列の棚をもつ引出体の両側から二人の作業者により同時に行えるとの重要かつ有用な目的及び効果を達成した点に、技術的意義があるものである。そうであるから、こうした本件考案の狙いとする目的及び効果は、単に「錠剤フイーダの収容高密度化」、「装置の小型化」、あるいは「装置の占有面積を小さくすること」ということにとどまるものではない。

本件考案の目的及び効果と第一引用例の目的及び効果をどのような文言で表現しようとも、右に述べた本件考案の狙いとする〈1〉ないし〈5〉の目的及び効果は、第一引用例の錠剤自動包装機において客観的にみて達成されていないことが明らかであるから、両者の目的及び効果が同種のもとはいえないことは明らかである。本件考案の目的及び効果と、第一引用例の目的及び効果とは、技術的意味あいを異にし、具体的意義の上で重大な相違があるのである。本件考案の実用新案公報一頁右欄二五行~二八行において、「この考案は上記従来のもの(第二引用例の錠剤分包機を指す。注)のもつ問題点を解決して、間口を限られた大きさに制限しながら奥行を小さくすることのできる錠剤分包機を提供することを目的とするものである」と説明しているのも、第二引用例の錠剤分包機における問題点、すなわち本件考案によって解決しようとしている問題点が、単なる「錠剤フイーダの収容高密度化」、「装置の小型化」、あるいは「装置の占有面積を小さくすること」という抽象的なことにとどまるものではなく、錠剤分包機としての効果上それと技術的意味あいを異にし、異なる具体的意義を有するものであるとの趣旨であることが明らかである。両者の目的及び効果を同種のものと認定するのは、余りにも漠然とした、大雑把にすぎる認定であり、審理不尽というほかない。それを、以下においてさらに、ご説明する。

すなわち、第一引用例の錠剤分包機は観音開きの回動式のものであり、その装置自体の間口及び奥行に相当するスペースのほかに、その前後及び左右に四個の収納体が観音開きに回動するのに必要なスペースを必要とするから、装置自体のスペースの約四倍のスペースが必要となり、また、前述のとおり、第一引用例の錠剤分包機において収納体の錠剤収納器につき、さらに幅を小さく、長さを大きくするようなことは、錠剤分包機として致命的な不正確な分包という欠陥を惹起させるから、到底、自在に適宜変更できる性質のものではなく、しかも、回動式収納体の数は前後左右で西個に制限されているから、第一引用例の錠剤分包機においては、「シュート(案内路)の共用」ということを採用しても、狙いとする「装置の小型化」、あるいは「装置の占有面積を小さくすること」という目的及び効果を実質的にみて達成していないのであり、その構成による技術的意義が活かされていないことになるのである。第一引用例のいう「装置の小型化」という目論見は、文言だけのことであって、実際には見事に外れたことになる。

なお、第一引用例の錠剤分包機においては、案内路を共用することによって、棚一列に案内路一列の割合のものに比して、装置の奥行方向〔装置使用に際しての正面と直角をなす方向にある、装置の前後方向の距離。第一引用例の錠剤分包機については、平面図である第1図における上下方向、すなわち第1図においてシュート7(案内路)と直角をなす方向の装置の距離が装置の奥行である。第一引用例の錠剤分包機については、本件考案の引出型の錠剤分包機(棚列を平行して並べたとき、その複数列の棚と複数列の案内路によって構成される方向の装置の幅が、装置の間口に該当する。)と異なり、棚8を四列平行して並べたとき、その四列の棚8と二列のシュート7(案内路)と一つの支持体5によって構成される方向の装置の幅が装置の奥行に該当することに、ご注意いただきたい。〕が若干小さくなり、その結果、省略された案内路の分だけ案内路部分の占める面積が小さくなり、その意味では装置に占める錠剤収納器(錠剤フイーダ)の収容密度が高くなったとしても、装置の奥行方向で、二個の収納体、すなわち四列の棚列、四個の錠剤収納器に限られ、それにつき増減できない制限があることも明らかである。すなわち、第一引用例の錠剤分包機においては、案内路を共用してもしなくても、装置の奥行方向で、棚の列数、錠剤収納器の個数を増加することはできないのである。

そして、第一引用例の錠剤分包機において右に述べた致命的な不正確な分包という欠陥を発生させないようにするには、錠剤収納器につき、幅を小さく、長さを大きくすることを避けなければならないのであるから、これは、第一引用例の錠剤分包機において、装置の間口の大きさを一定とするかぎり、装置の間口方向でも、錠剤収納器の個数の増加(錠剤収納器の形状の変更によるその個数の増加)は図ることのできないことを意味する。それ故、第一引用例の錠剤分包機において、錠剤収納器の個数の増加ということは装置の間口を大きくしないかぎり達成できず、装置の間口を大きくすることは、回動式収納体の幅〔第一引用例の第1図における左右方向の収納体の長さ、すなわちシュート7(案内路)に沿った方向の収納体の長さ〕を長い構造とすることであるから、支持体5の支持部4への枢支という手段による支持強度との関係上、そしてまた、回動に要する空間のスペースをなるべく小さくするとの考慮上困難であり、したがって、装置の間口の拡大による錠剤収納器の個数の増加ということもまた、実際上困難ということにならざるをえない。

結局のところ、第一引用例の錠剤分包機においては、案内路を共用してもしなくても、装置全体のなかの錠剤収納器(錠剤フイーダ)の個数の増加は図ることができないのである。

これに対して、本件考案にかかる錠剤分包機においては、「案内路の共用」ということは「引出体が引出し可能に設けられた錠剤分包機」と結び付くことにより始めて、その意義が見事に活かされ、第一引用例にみられない前述〈1〉ないし〈5〉のような優れた目的及び効果が達成されることになるのである。そして、この優れた効果を有する本件考案の錠剤分包機は、発売当初はもとより、最近ますます多くの病院の薬局に受け入れられ、賞揚されるに至っているのである〔上告人は、本件考案にかかる錠剤分包機(全自動錠剤分包機)をMAIN-TOPRA-384(DYNAMIC384)シリーズとの商品名で製造、販売しているが、その販売台数並びに他の機種及び他社の装置の販売台数との比較については、原審における甲第一七号証「報告書」二三頁~二四頁、甲第七号証「病院における錠剤分包機納入状況」をご参照いただきたい〕。

三、ところで、本件事案の判断は、実用新案に係る考案の進歩性の存否「きわめて容易に考案をすることができたかどうか」(実用新案法第三条第二項。なお、特許法第二九条第二項ご参照)についてのものであるところ、実用新案法というものは、「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」(実用新案法第一条、第三条第一項柱書)を保護の対象とするものであり、「自然法則を利用した技術的思想の創作」(実用新案法第二条第一項)であれば、高度のものであることを要しないのである(なお、特許法第二条第一項ご参照)。

実用新案法は、「物品の形状、構造又は組合せに係る考案」を保護の対象とするものであり、進歩性の判断に「高度性」を要求せず、容易に考案をすることができたものであっても、きわめて容易に考案をすることができたものでなければ進歩性が肯認されるから、引用例と構成が異なり、引用例に見出せない特有の技術的課題及び効果が具体的に達成され、その技術的課題及び効果に十分な技術的意義があり、評価すべきものであれば、その考案は、引用例に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものというべきではない(注6)。

実用新案登録に要求される考案の進歩性の程度は、特許発明における進歩性の程度に比して低くて足りるのである。考案の目的及び効果は、実用新案法の前記保護の対象と趣旨からみて、とりわけ具体的レベル、実用レベルを重視して人類社会の福祉に役立っているかの見地において、把握、評価すべきものであり、単に「錠剤フイーダの収容高密度化」、「装置の小型化」という抽象的、大雑把で漠然とした文言だけの次元で評価すべきものではない。実用新案においては、その目的を達成するために、具体的にいかなる形状、構造又は組合せをとり、それによって商品価値を含めて具体的にどれだけの効果を生じたかが問題であり、単に抽象的、概括的、表面的な目的、又は構造の一部に共通のものがあったからといって、その考案をもって、引用例の記載から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと断じ去ることは妥当とはいえない(注7)。

「物品の形状、構造又は組合せに係るもの」として技術的課題(目的)に実用上格別のものがあり、しかも、その構成上の組合せによって第一引用例及び第二引用例のいずれにも見られない重要な効果(そのなかでもとくに、本件考案における、錠剤分包機の間口及び奥行の寸法を設置場所のスペースに適合させることができること、錠剤収納器の個数を増加させることができること、さらにまた、一本の引出体を引出したとき、装置の前面のみにおいて錠剤の補充作業が二列の棚をもつ引出体の両側から二人の作業者により同時に行えることは、有用な効果である。)、社会において広く賞揚されている商品価値を具体的に生じる本件考案をもって、その組合せを機械的に切断して個々の構成に分解すると、それと共通の構成が第一引用例及び第二引用例に記載されているからといって、あるいは、単に錠剤収納器(錠剤ブイーダ)の収容高密度化という抽象的な目的ないし効果の一部に共通するかに見える点が第一引用例にあるからといって、第一引用例と第二引用例から当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとはいえないのである。

以上のとおり、本件考案の目的及び効果と第一引用例の目的及び効果を同種のものと認定し、それを前提にして本件考案の進歩性を否定した原判決の判断には、実用新案法第三条第二項の規定する進歩性判断基準の解釈を誤った違法がある。

(注6)

〈1〉東京高裁判決平成一年一二月二六日平成一年(行ケ)第四〇号「色留め袖に変えうる振袖」実用新案登録出願拒絶審決取消請求事件(特許と企業二五四号六二頁)は、「ことに、本件出願は、実用新案登録出願であり、実用新案は、『自然法則を利用した技術的思想の創作』(実用新案法第二条第一項)であれば、高度のものであることを要しないのであって、その着想に格別のものがあり、しかもその構成によって後記認定のような優れた作用効果を奏するものである以上は、第一引用例ないし第四引用例の記載事項をすべて組み合わせれば本願考案の構成を得られるという理由だけでは、本願考案は当業者にとってきわめて容易に考案をすることができたものというべきではない。・・・本願考案は、その要旨とする構成により、成人式用振袖を普通の留袖としての格調と規格に合う色留め袖に変えることができ、一枚で成人式用振袖と色留め袖との二枚を購入したのと同様な経済性を有することになるなど極めて商品価値があるという作用効果を奏するものであって、第一引用例ないし第四引用例記載のものはそれぞれ単独にこのような作用効果を奏し得ないこと、・・・」と判示する。

〈2〉東京高裁判決昭和四五年一月二九日昭和四三年(行ケ)第七二号「眼鏡取付用反射鏡装置」実用新案登録出願拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四五年五一一頁)は、「本願考案は、前認定の構成により、両引用例の考案によっては生じない上記のような作用効果を生ずるものであるから、当業者が両引用例記載の考案に基づいてはきわめて容易に考案することができたものと認めるのは相当でない。」と説示して、実用新案第三条第二項により拒絶できないとする。

〈3〉東京高裁判決昭和三七年九月一八日昭和三五年(行ナ)第三四号「精紡機におけるトップローラ軸受装置」実用新案登録出願拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和三六-三七年三七三頁)は、「本願実用新案は、引用例に比し、構造および作用効果において、すでに上記のとおり十分な差異を有し、・・・などの業者においても本願実用新案にかかる装置を賞揚していることさえうかがえるので、本願実用新案が当業者において考案力を要せず容易になしうる程度のものとはにわかに断じ難いというほかない。・・・本願実用新案につき考案の因って生じた各部の構造が公知公用に属するものとしても、これらを綜合応用してあらたに工業上実用ある型を案出したものであることは前段の判断に徴して明らかであるので、被告の上記主張は、これを採りえないものといわなければならない。」と説示する。同種事案の東京高裁判決昭和四四年一二月一七日昭和三八年(行ナ)第一三〇号「精紡機のローラースタンド」実用新案登録出願拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四四年三五三頁)も、同旨である。

(注7)

〈1〉東京高裁判決昭和四四年五月二九日昭和四二年(行ケ)第一三六号「布サック付傘」実用新案登録出願拒絶審決取消請求事件(特許庁編審決取消訴訟判決集昭和四四年五一七頁)は、「この種物品の考案においては、その目的を達成するため、具体的に如何なる形状、構造又は組合せをとり、それによって、具体的にどれだけの効果を生じたかが問題であり、単に概括的な目的、又は構造ないし効果の一部に共通のものがあったからといって、本件考案をもって、引用例の記載からきわめて容易に実施しうる程度のものと断じ去ることは妥当とはいえない。」と判示する。

前掲の東京高裁判決平成一年一二月二六日平成一年(行ケ)第四〇号「色留め袖に変えうる振袖」実用新案登録出願拒絶審決取消請求事件も、同旨と解される。

第三点(理由不備)

本件考案において達成される重要な目的及び効果の一つである錠剤収納器(錠剤フイーダ)の個数の増加は、錠剤収納器の幅及び長さに変更を加えることを前提とせずに、案内路(シュート)を共用することによって省略されるスペースを錠剤収納器の棚列の増設に充当し、それにより、錠剤分包機のなかの錠剤収納器の個数の増加を図るものである。錠剤収納器の個数の増加は錠剤収納器の幅及び長さの変更、すなわち形状の変更によるのではなくて、錠剤収納器を配置する棚列の増設によって実現するものである。

これに対して、第一引用例は、装置の間口を大きくしなければ、錠剤収納器の個数を増加することができないものであり、仮に原判決がいうとおり、錠剤収納器の形状の変更により、装置の間口を大きくしなくても、錠剤収納器の個数が増加できるとしても(そのためには詳細に前述したとおり、錠剤収納器の形状の変更によって惹起される錠剤自動包装機としての致命的な欠陥を解決するための、別個の発明考案を構成するに匹敵するような創意考案を伴う必要があり、容易なことではないのであるが、一応可能であると仮定しても)、それは「シュート(案内路)を共用することによって省略される前記スペース」を錠剤収納器(錠剤フイーダ)の幅及び長さの変更に充当することにより、各棚列に設置する錠剤収納器の個数の増加を図るものである。そして、第一引用例には、シュートを共用しないものがどのようなものであるか、記載がなく、想像するほかないが、シュートを共用しても、しなくても、装置の奥行方向で二個の収納体すなわち四列の棚列の錠剤収納器であり、装置全体においても四個の収納体すなわち八列の棚列の錠剤収納器に限られていて、棚列の数を増設できる余地はない。

両者は、「案内路(シュート)を共用することによって省略されるスペース」を錠剤収納器の個数の増加を図るために充てるという基本原理では、共通するかに見えるとしても、それを実現する構想ないし構成において異質である。この相違点は、判決に影響を及ぼす重要事項である。

しかるに、原判決は、この相違点について判断するところがない。

原判決は、本件考案と第一引用例の目的、効果に関し、「第1引用例の考案においても、・・・錠剤収納器(錠剤フイーダ)の収納密度(これは「収容密度」の誤りと考えられる。)を高めるという技術思想に立っていることが明らかであり、考案の目的、効果の点で本件考案と同種のものといわなければならない。」(一九頁六行~同頁一一行)、「第一用例においても本件考案と同一の目的、効果があることは、これを否定することができない。」(二〇頁七行~同頁九行)と誤って認定、判断をし、それを前提にして、本件考案は第一引用例、第二引用例に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものとの結論を導いているが、これも、右に述べた判断の遺脱に起因するものである。

したがって、原判決には、この点において、結論に影響を及ぼすこと明らかな理由不備があるといわなければならない。

第四点(法令違背、理由不備・齟齬)

原判決は、取消理由3についての判断中段において、本件考案の明細書考案の詳細な説明の欄に記載した考案者の認識事項をもって、第二引用例に記載されていること、ないしは本件考案の出願前に公知となっている要請と誤認し、それを容易推考の一つの根拠として、本件考案を想到することは当業者にとってきわめて容易になしうることであるとの結論を導いているから、実用新案法第三条第二項の規定に違背するものであり、結論に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、原判決は、取消理由3についての判断中段において、「他方、第2引用例においては装置の小型化の要請が存在したことは前記のとおりであるから、」(二三頁一二行~同頁一四行)と説示し、それを一つの根拠にして、「第2引用例の錠剤分包機に第1引用例のシュートを共用するとの技術思想を適用し、本件考案に想到することは当業者にとってきわめて容易になしうることであると認められる。」(二三頁一四行~同頁一七行)との結論を導いている。

しかしながら、第二引用例の錠剤分包機につき装置の小型化の要請が存在したとしても、それは原判決が認定するとおり(一四頁一行~一六頁一〇行)、本件考案の考案者が認識した技術課題の一つとして、本件考案の明細書考案の詳細な説明の欄における「考案が解決しようとする問題点」の項において、「問題点を解決するための手段」の項の記載すなわち本件考案の技術構成と関連して、それに先立つものとして始めて明らかにされたものであり、本件考案の出願前において公知のことではない。そして、原判決中には、この認定以外に第二引用例についての認定はない。

もちろん、このことは、第二引用例に記載されている要請でもない。第二引用例は、実用新案の登録請求の範囲と図面からなる出願公開公報であり、目的及び効果についての記載はまったく存在せず、そのどこをみても、その錠剤分包機につき、さらに解決を要する何らかの問題点なり、さらに小型化することを要するという要請があることを窺わせる一言半句の記載もない。

なお、このことは、原判決が、「本件考案が第2引用例を従来技術としてこれを改善するものであることは前記のとおりであり、」(二二頁一九行~同頁末行)と、また、「本件考案が第2引用例を従来の技術として、その問題点を解決することを課題とするものであることは原告の自認するところであり、」(一三頁一六行~同頁一八行)と認定するにとどめ、なんらその問題点が公知であるとまで認定しているのでないことからも、明らかである。

すなわち、原告は、〈1〉第二引用例が本件考案の出願前に頒布されたものであり、第二引用例の記載が公知となっていること、そして、〈2〉第二引用例の錠剤分包機に解決を要する問題点があったこと、の二点を自認するにとどまり、〈3〉第二引用例の錠剤分包機に解決を要する問題点があったことが公知であったこと、さらには、〈4〉その問題点とは「装置の小型化の要請」に限られること〔なお、第二引用例の錠剤分包機における問題点が装置の小型化の要請にとどまるものではなく、その他の問題点もあったとの趣旨において、原告がこの点を取消事由に含めて争っていることは、原判決一〇頁五行~同頁一五行の認定に照らして明らかである。本件考案の実用新案公報一頁右欄二五行~二八行において、「この考案は上記従来のもの(第二引用例の錠剤分包機を指す。注)のもつ問題点を解決して、間口を限られた大きさに制限しながら奥行を小さくすることのできる錠剤分包機を提供することを目的とするものである。」と説明しているのも、第二引用例の錠剤分包機における問題点、すなわち本件考案によって解決しようとしている問題点が、単なる「装置の小型化の要請」という抽象的なことにとどまるものではなく、錠剤分包機として効果上それと技術的意味あいを異にし、異なる具体的意義を有するものであるとの趣旨であることが明らかである。〕、〈5〉第二引用例の錠剤分包機について「装置の小型化の要請」が存在したことが公知であったこと、〈6〉第二引用例の錠剤分包機についての「装置の小型化の要請」及びその他の問題点が解決可能なものであるとの認識が公知であったこと、までも含めて、自認する趣旨でないことは、原判決の認定上明らかである。

ところで、考案の創作に際し、技術的課題は、考案の構成すなわち技術的課題を解決するための手段に先立って設定されるものである。しかしながら、本件考案の考案者がこの技術的課題を認識したということは、その課題が本件考案の出願時点において公知であったことを直ちに意味するものでないことは、あまりにも当然のことである。第二引用例の錠剤分包機は、多くの一般第三者の目からすると、それなりにコンパクトに構成されたものとして完成し、その所期する機能を十分に奏していたと理解されていたのであるが、その第二引用例の錠剤分包機になお解決すべき問題点があり、それが解決可能であることを始めて的確に認識し、本件考案によりそれについての要請に応えることができると始めて認識した者こそ、本件考案者なのであり、本件考案の出願人(上告人)は法規則の定めるところにより、その認識を本件考案の明細書考案の詳細な説明の欄の「考案が解決しようとする問題点」の項に技術的課題として記載したのである(実用新案法施行規則様式第3〔備考〕13イご参照)。この本件考案の明細書考案の詳細な説明に記載した、第二引用例の錠剤分包機についての認識をもって、直ちに本件考案の出願時点における公知の要請とされる理由はない。なお、この間の考案創作上の経緯については、原審における甲第一七号証「報告書」において詳細にご説明したところである。

二、ところで、実用新案法第三条第二項は、出願前に頒布された刊行物に基づいてきわめて容易に考案をすることができたときは、その考案につき実用新案登録を受けることができない、と規定しているのであり、これが審決の採用した無効理由でもある。

しかるに、前述のとおり、原判決は、本件考案の明細書考案の詳細な説明の欄に記載した考案者の認識事項をもって、第二引用例に記載されていることでもないし、本件考案の出願前に公知となっている要請でもないとの立場の認定を一旦はしながら、一転して俄に、第二引用例に記載されていること、ないしは本件考案の出願前に公知となっている要請と倒錯して、論理上それを容易推考の一つの根拠〔その認識事項ないし要請が公知となっていないならば、実用新案法第三条第二項の規定するきわめて容易推考との根拠になりえない。この根拠は、原判決の採る論理によれば、第二引用例の錠剤分包機に第一引用例のシュート(案内路)を共用するとの技術思想を適用して本件考案に導くための契機ないし基因となるべき重要な役割を果たすものである。なお、わが国裁判所が多くの判例において、発明考案の進歩性否定の判断に当たり複数の引用例を組合せるための示唆ないし契機となるものが引用例中に見出されること、すなわち技術的課題の予測性のあることが必要であるとの立場に立っておられることはいうまでもない(注8)。〕として、本件考案を想到することは当業者にとってきわめて容易になしうることであるとの結論を導いている。原判決は、考案者の認識事項をもって、一旦は第二引用例に記載されていない、ないし公知でないことを前提とする説示をしながら、一転して俄に、第二引用例に記載されている要請、ないし公知の要請と倒錯し、それを根拠の一つとして、本件考案はきわめて容易想到であると判断しているのであるから、証拠法則に違反し、その認定の帰着するところ無効理由の存否にかかわり、結論に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背(違背の原因が法令適用の誤りによる違法)、理由不備・齟齬があるといわなければならない。

なお、もしこの点に関し原判決は、本件考案の明細書考案の詳細な説明の欄にある考案者の認識事項をもって、第二引用例に記載されていると誤認しているのでもなければ、本件考案の出願前に公知となっている要請と倒錯しているのでもない、というのであれば、原判決は、実用新案法第三条第二項につき、その解釈を誤り、第二引用例に記載されていないこと、ないしは公知でない事実を根拠の一つとし、それに基づいて本件考案はきわめて容易に考案をすることができたものと判断できるとの意味にその規定を解していたことになる。そうであれば、この点において、法令違背(その原因が法令の解釈を誤ることによる違法)のあることが、明らかである。

(注8)

竹田稔編著「特許審決等取消訴訟の実務」一八三~一八四頁(一九八八年、発明協会)には、発明考案の進歩性否定の判断に当たり、技術的課題の予測性が必要であるとの趣旨を判示する多くの判例が紹介されている。 以上

(参考資料省略)

(平成五年(行ツ)第一一三号 上告人 株式会社トーショー)

上告代理人中島昇の上告理由

第一点 原判決には、経験則に違背して事実を認定した違法がある.[その一]

原判決一九頁一九行~二〇頁二行には、「第一引用例の明細書及び図面によれば、シュートを共用することによって省略されるスペースは、錠剤自動包装機全体の奥行を小さくすることに直結することが明らかである」の説示があるが、これは、経験則に違背したものであり、通常の人が常識に照らし第一引用例においてありうる判断だと考えられるような証拠判断ではない。

次に、その理由を述べる.

前記説示の「シュートを共用することによって省略されるスペース」の文言からみて、原判決が第一引用例の明細書および図面の記載からシュートを共用することによってスペースが省略されるという事実を読みとることができると認めていることに疑いはない。しかし、その事実は、通常の人の常識に照らしあり得ると考えられるようなものではない.何故なら、その事実が認められるとするからには、省略されるべきスペースを保有するものすなわち共有されるべき余分なシュートを備えたものが、第一引用例の明細書および図面を見たときに、それらから直ちに読みとれなくてはならない筈であるが、それを読みとるのは可能なことではないからである。

いま、前記の省略されるべきスペースを保有する収納体すなわち共有されるべき余分なシュートを備えた収納体を考え得る限り数えあげてみると、それは、次の図の(イ)、(ロ)、(ハ)および(ニ)であり、これら以外にはない.

(イ)

〈省略〉

(ロ)

〈省略〉

(ハ)

〈省略〉

(ニ)

〈省略〉

これらのうち(イ)についてみると、第1列の錠剤収納器(錠剤フィーダ)への錠剤の補給は、第1列のシュートが邪魔になるため不可能である.枢支を軸にして収納体を右に回動させたとしても、不可能なことに変りはない.(ロ)についてみると、第2列の錠剤収納器への錠剤の補給は、1点鎖線で示すように収納体を右に回動させて行うことになるが、右に回動させても第2列のシュートが邪魔になるからそれへの補給はすることができない.(ハ)についてみると、第1列の錠剤収納器へも第2列の錠剤収納器へも、それぞれのシュートが邪魔になって錠剤の補給は全くできない.錠剤の補給ができない錠剤分包機は役に立たず実在を予想し得るものではないから、当業者が第一引用例の明細書および図面からそれら(イ)、(ロ)および(ハ)の形態のものを読みとる可能性は絶無であるといわなくてはならない.そして、省略されるべきスペースすなわち共有されるべき余分なシュートを備えたものとして想定され得る唯一のものは、これら四個の形態のうちの図(ニ)に示すもののみになる.しかし、この(ニ)のものにしても、二個のシュートを隣り合わせにしてただ単に並べておくというだけのものであるから、兼用できることが明白である部品は兼用させるのを常とする設計技術の常識からみて一般には考えられないような、いわば通常の設計の埒外にあるようなものなのである。よって、第一引用例の明細書及び図面を見たとき(ニ)の形態のものを通常の人が想定することはありえないものといわなくてはならない。かくして、余分なシュートを備えた収納体を想定するのが一般に不可能であるのだから、そのような記載から、シュートを共有することによってスペースを省略するという発想が生れる筈はない。

以上のとおりであるから、第一引用例の明細書及び図面から、シュートを共用することによってスペースが省略されるという事実を読みとることは、通常の人が容易にできる類のことではない。その事実が読みとれない以上、その事実の存在を前提にしたところの錠剤自動分包機全体の奥行を小さくすることができるという推認の成立する余地はない。

すなわち、原判決の前記説示は、通常の人が常識に照らしありうると考えられるような証拠判断ではない.

第二点 原判決には、経験則に違背して事実を認定した違法がある。[その二]

原判決は、二〇頁三行~一〇行において、「この奥行を従来どおりとすれば、シュートを共用することによって省略される前記スペースを錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納スペースに当て、錠剤収納器の形状を工夫すれば、その個数の増加を図ることができることも容易に認めることができる」と推認し、それに基づき、「第一引用例においても本件考案と同一の目的、効果があることは、これを否定することができない.」という結論を導いている.しかし、この推認は通常の人が常識に照らし第一引用例においてありうる判断だと考えられるようなものではなく、したがって、その推認に基いた前記結論には著しい経験則違反があるといわざるを得ない。

次に、その理由を述べる.

原判決がした前記推認を分説すると、それは次の三つの過程からなる.

(1)シュートを共有することによってスペースを省略する.

(2)省略されたスペースを錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納スペースに当てる.

(3)錠剤収納器の個数の増加が図れるように、錠剤収納器の形状を工夫する。

右の(1)の過程は、前記第一点において詳述したとおり、通常の人が常識に照らし第一引用例においてありうると考えられるようなことではないが、いま仮りにこれがあり得たとしよう。そうとするとき、(2)および(3)の過程は、一個の収納体について次のように図解できる.

〈省略〉

右の図で、(2)の過程は図(A)から図(B)へ至るものであり、(A)に示す省略されたスペースは、錠剤収納器の収納スペースに当てられ個々の錠剤収納器の奥行方向の長さを延ばすことに役立っている。(3)の過程は図(B)から図(C)に至るものであり、個々の錠剤収納器の形状を間口方向の巾が狭くなるように工夫することにより間口方向の個数の増加が図られている.

以上からわかるように、原判決がした推認は、端的にいうと、図(A)に示すようにまずシュートを一個取り外して余分なスペースをつくり、次いで図(B)に示すように個々の錠剤収納器の奥行方向の長さを引き延ばし、さらに図(C)に示すように個々の錠剤収納器の間口方向の巾を狭くし、その結果として、錠剤収納器の個数を増加させることができる、というものなのであって、そして、これら三つの過程は、第一引用例の明細書及び図面から容易に認めることができると判断しているのである。

しかし、図(A)は前述のとおり通常あり得ると考えられるようなものではなく、それが仮りにあり得たとしても、図(A)から図(B)へ至るには、省略されたシュートのスペースを錠剤収納器の収納スペースに当てるという新たな思考段階を経る必要があり、次いで図(B)から図(C)へ至るには、個々の錠剤収納器の巾を狭くすることにより個数の増加を図るという別の思考段階を必ず経なければならないのである。しかも、これら二つの思考過程をとらしめたインセンティブとなり得るものは第一引用例のどこにも示されていないのである。すなわち、技術上の要請がないところにおいて図(A)の考えを得た後にさらに異なる二つの思考過程を経なければ錠剤収納器の個数の増加を図ることはできないのであるから、それは「容易に認めることができる」といえるような問題でないことは明らかである.

一般に殆どあり得そうもない事実を土台にして、さらに特段の技術上の要請もなくして前記のような二段階もの思考過程を経なければ到達できないような推認は、通常の人が常識に照らしてあり得る判断だと考えられる類のものではない。したがって、その推認に基いて得た前記の結論には、著しい経験則違反がある、といわざるをえない.

第三点 原判決には、理由そごの違法がある。

原判決は、第一引用例の考案においても本件考案と同一の目的、効果があると認定しているが、その理由とするところが次の二とおりあり、それらは互いにそごしている.

(理由とするところの一)

原判決は、一九頁六行~一〇行において、「この記載(第一引用例の明細書の記載)によれば、第一引用例の考案においても複数段の棚2列につき1列の案内路を共通にして、案内路部分の占有面積を小さくし、もって錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納密度を高めるという技術思想に立っていることが明らかであり、」と認定している。ここで「錠剤収納器の収納密度」とは、右認定の文脈からいえば、一定のスペース内に収納される錠剤収納器の個数をいうものと解される(なお、この解釈は、後記一七頁八行~一九頁四行で説明するが、第一引用例の明細書に記載された「錠剤収納器の収容密度」の意味を誤って捕えたものである。)から、前記認定は「第一引用例の明細書には、複数段の棚2列につき1列の案内路を共通するという技術手段によって錠剤収納器の個数を増加させるという技術思想が示されている、」と換言することができる.すなわち、右の個所においては、原判決は、錠剤収納器の個数を増加させるために採られた技術手段は「複数段の棚2列につき1列の案内路を共通すること」のみであると判示しているのである.

(理由とするところの二)

原判決は、一九頁一九行~二〇頁七行において、「第一引用例の明細書及び図面によれば、……シュートを共用することによって省略される前記スペースを錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納スペースに当て、錠剤収納器の形状を工夫すれば、その個数の増加を図ることができることも容易に認めることができる」と認定している.この個所においては、原判決は、前記第二点で詳述したとおり、錠剤収納器の個数の増加は、シュートを共用すること(複数段の棚2列につき1列の案内路を共通すること)のみによってはできず、さらに共用により省略されたスペースを錠剤収納器の収納スペースに当て、錠剤収納器の形状を工夫するという別の二つの技術手段をも必要とすると判示しているのである。

以上のことからわかるように、本件考案の目的ないし効果の一とみられる「錠剤収納器の個数の増加を図ること」は、第一引用例の考案において、理由とするところの一では「複数段の棚2列につき1列の案内路を共通すること」のみによりもたらされ、理由とするところの二では「複数段の棚2列につき1列の案内路を共通すること」という技術手段のみによっては達成できず、さらに二つの別の技術手段をも必要とする、と判断しているのである。よって、原判決の前記認定には、「第一引用例の考案は本件考案と同一の目的効果がある」としたその理由において、明らかにそごが存在する。

第三点 原判決には、理由不備の違法がある。

原判決は、二三頁七行~一〇行において、「第一引用例は、案内路の共用により装置を小型化することを目的とする」旨を判断しているが、それが、いかなる証拠によるものであるかを示していない。

原判決中における第一引用例の目的に関する認定は、「第一引用例の考案も、複数の棚2列につき1列の案内路を共通にして、もって錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納密度を高める、という本件考案と同種の目的、効果を有する」旨のもの(一九頁六行~一一行参照)および「第一引用例の考案には、シュートを共用することによって錠剤収納器の個数の増加を図る、という本件考案と同一の目的、効果がある」旨のもの(二〇頁三行~八行)であるが、これらはいずれも案内路の共用により、錠剤収納器の個数の増加を図るというものであり、装置を小型化するというものではない.それのみならず、個数の増加と装置の小型化との関係について、別途説明したところすらない。なお、個数の増加と装置の小型化とは技術的には全く異質な問題であるから、両者を同列に論ずることができないのは、誰の目にも明らかである。そして、原判決のその他の個所についてみても、第一引用例の目的に関する判断を実質的に支持する資料に言及したところは皆無である.すなわち、原判決は、第一引用例が装置を小型化することを目的としたものであると判断した証拠を何一つとして示していない.

したがって、この判決の判断には、必要な理由が存在せず、事実認定の法則に違背した理由不備の違法がある.

第五点 原判決には、採証の法則に違背した違法がある。[その一]

原判決は、十九頁六行~一〇行において、「第一引用例の考案においても、複数段の棚2列につき1列の案内路を共通にして、案内路部分の占有面積を小さくし、もって錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納密度を高めるという技術思想に立っていることが明らかであり、」(なお、ここで「錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納密度」とは、前記第三点(理由とするところの一)で説明したとおり、「一定のスペース内に収納される錠剤収納器の個数」というものと解される。)と認定しているが、これは第一引用例の明細書及び図面からは認めることのできない事実を認めたものであって、採証の法則に違背している。

まず第一に、「第一引用例から錠剤収納器の個数の増加を図ることが容易に認められる」というのは、前記第二点において詳述したとおり、通常の人が常識に照らしあり得る判断だと認められるようなものでない違法な証拠判断である.

これを認定した根拠として、原判決は、第一引用例の明細書の「本考案に依ると、シュートを挟み対向して、錠剤収納器を配列するためにシュートが共用でき、錠剤収納器の収容密度が高くなると共に装置に占めるシュートの占有率が小さくなって装置の小型化が図れる。」(同明細書四頁一三行~一七行)その他の記載を引用している.

しかし、原判決の右の認定は、「錠剤収納器の収容密度が高くなる」という明細書の文言を「錠剤収納器の収納密度を高める(という技術思想)」という文言で理由もなく置換えていることに象徴されているように、明細書の右の記載を誤解しその皮相のみに基いたものであり、当該技術の真相を正しく把握したものではない.何故なら、明細書の前記記載中の「シュートが共用でき、錠剤収納器の収容密度が高くなる」の意味は、技術的にみれば、前記九頁図(A)および(B)から一見して明らかなように、まぎれもなく「一個の収納体に占める錠剤収納器の占有面積が大きくなる」と解されるべきものであるからである。それについては、原判決も、二〇頁三行~五行において「シュートを共用することによって省略される前記スペースを錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納スペースに当て」と判示していることから明らかなように、シュートを共用することによって得られるものは錠剤収納器の収納スペースなのであって一個の収納体に設置される錠剤収納器の個数ではないと明確に認めているのである.また、技術的にみても、「シュートの共用」を直ちに「錠剤収納器の個数の増加」に結びつけることはできない。それは、原判決も二〇頁三行~七行で「シュートを共用することによって省略される前記スペースを錠剤収納器(錠剤フィーダ)の収納スペースに当て、錠剤収容器の形状を工夫すれば、その個数の増加を図ることができる」と述べているように、数段階もの思考過程を経ることなしには絶対に不可能なことなのである。

したがって、明細書の右記載は、原判決が認定した「複数段の棚2列につき1列の案内路を共通にして(すなわち、シュートを共用して)、もって錠剤収納器の収納密度を高める(すなわち、1個の収納体に設置される錠剤収納器の個数を多くする)」ことを示したものではなく、「本考案によると、シュートを挟み対向して、錠剤収納器を配列するためにシュートが共用でき、一個の収納体に占める錠剤収納器の占有面積が大きくなって、(一個の収納体に占める錠剤収納器の占有面積を従前どおりとすれば、)個々の収納体の小型化が図れる。」を述べたものと解されるべきものなのである。

なお、第一引用例の明細書及び図面のその他の個所を精査しても、第一引用例において錠剤収納器の個数の増加に結びつく技術手段について示唆したところは、何一つとして見出すことができない。

すなわち、原判決は、第一引用例の明細書及び図面からは認めることのできない錠剤収納器の個数の増加を図るための技術手段が、それらに当業者が容易に実施することができる程度に開示されているものと誤認し、その誤認に基づき、第一引用例は錠剤収納器の収納密度を高めるという技術思想に立っていることが明らかである、と認定している.これは、明らかに採証の法則に違背したものというべきである.

第六点 原判決には、採証の法則に違背した違法がある。[その二]

原判決は、二三頁一三行~一四行において、「第二引用例において装置の小型化の要請が存在したことは前記のとおりである」と認定しているが、まず第一に「前記のとおりである」というその「前記」が存在していない.しかも、この認定は、第二引用例の明細書及び図面からは認められない事実を認めたものであって、次の(1)および(2)に述べるように、採証の法則に違背している.

(1)本件考案の実用新案公報には、原判決が一四頁一行~一五頁一一行で指摘したとおり、「引出体の個数増加のうちこの案内路の増加分が、錠剤分包機の間口を必要以上に大きくしてしまう等の問題点があった。」の記載がある.

しかし、該公報には、前記文言に続けて、「この考案は、上記従来のもの(第二引用例)のもつ問題点を解決して、間口を限られた大きさに制限しながら奥行を小さくすることのできる錠剤分包機を提供する」の記載が存在する.それ故、前記問題点は、「装置を小型化する要請」というような漠然としたものではなく、「間口を限られた大きさに制限しながら奥行を小さくすることができない」という従来の錠剤自動分包機に特有の事柄を指すと解されなければならないものである。したがって、右の記載事実を以て、装置を小型化する要請と解することはできない。

さらにいま百歩譲って、前記問題点が装置を小型化する要請と解されるとしよう.仮にいまそのように解したとしても、その問題点は、本件考案の明細書において始めて示されたものであって、第二引用例の明細書または図面において示されたものではないのである。原判決はこの重大な事実を看過している.すなわち、原判決は、第二引用例の公開日よりも二年以上も経過した後に出願された本件考案の明細書に示された問題点を、第二引用例の明細書または図面に既に開示されていることと取り違えているのである。市場に出された当時は気付かなかった問題が、その装置を数年間も実際に稼働してみた後に始めて、それをとり巻く客観的環境の変化等に応じて、現実のものとして浮上しその解決を求められてくることは、世の常である。本件の錠剤分包機の開発に至る経緯も、その例に漏れないものである.(なお、そのことの詳細は、原審において成立に争いがなかった甲第一七号証「報告書」により、明らかにされている.)

以上のとおり、原判決は「第二引用例において装置の小型化の要請が存在した」と認定しながら、第二引用例の明細書及び図面からその事実を認定した資料を示していず、その事実に若干関係するかもしれないとみられる前記の記載は本件考案の実用新案公報に存在するのみであって、第二引用例の明細書及び図面には存在しない。したがって、その記載が前記認定に際し資料として用いられたことを判示したものとすれば、原判決は、第二引用例についての書面から採用すべき資料を本件考案についての書面から採用したという採証の法則に違背したものといわなくてはならない.

(2)第二引用例の明細書及び図面に「第二引用例において装置の小型化の要請が存在した」旨の開示がないことは、次の事実により明らかである.

第二引用例のものにおいて解決すべき課題を蔵した従来の装置は、「装置の前面または後面において外界と直接接するもの」(例えば、フィーダが横に一列だけ並んでいるところの甲第一七号証五頁図Aに示されたようなもの。以下「従来例1」という.)や「開閉可能の扉状体を介して外界と接する位置に錠剤フィーダを配置していたもの」(例えば、開閉自在の扉状体を介して外界と接している第一引用例のようなもの。以下「従来例2」という.)であった.ところで、従来例1にあっては、作業者が錠剤補給作業を行うために、装置の前面と後面との二つの床面スペースを空けておかなければならないという問題があり、従来例2にあっては、錠剤補給を行うためには、扉状体が四つあるものであれば装置の前面と後面と両側面との四つの床面スペースを空けておかなければならないという問題があった。そこで、その問題を解決するために第二引用例においてとられた技術手段は請求の範囲に記載されたとおりのものであって、その骨子は縦型の引出体を前方に引出すようにしたことにあり、それによって錠剤補給のためのスペースを装置の前面のみの床面スペースで足りるように、(換言すれば、装置の両側面と後面に他の装置や機器等をびったりと接触するように配置しておいても、何ら支障は生じないように、)したのである.第二引用例において「複数段の棚を具えた複数の縦型引出体を開口から引出可能に設けた」という構成は、前記の問題、すなわち、錠剤補給を行うための床面スペースを最小限の一つに減らすためのものであって、装置自体を小型化する等のためのものでないことは右のことより明らかである。

なお、第二引用例においては、従来のもののもつ欠点として、「従来の装置は、装置全体が大型となってコンパクトに構成することができない」ことが記載されているが、ここにいう「従来の装置」とは右に述べた従来例1および従来例2であり、その従来の装置と第二引用例のものとの根本的差異は「複数段の棚を具えた複数の縦型引出体を開口から引出可能に設けた」という構成にあること、および、第二引用例のものの一番目に揚げられた解決課題は「錠剤フィーダへの補給作業を容易に行えるようにすること」にあること等からみて、第二引用例の右の記載の「装置全体」とは、錠剤補給作業を行うための床面スペースをも含めた大きさについてのものと解すべきであって、個々の装置それ自体のサイズを云々したものではない。よって、「コンパクトに構成することができない」という欠点は、「錠剤補給を行うためのスペースを最小にすることができない」の意と解され、装置それ自体の小型化を示唆したものではない。

原判決は、右の事実を認めていず、右の事実と「装置の小型化の要請」との関係についても全く示すところがない.

したがって、原判決には、第二引用例の明細書および図面からは到底認めることのできない事実を理由も示さずに認めているという採証の法則に違背した違法がある.

以上

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